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発端(プロローグ)


進戸 宏樹さん

00年8月29日

前略  ホームページを大変興味深く拝見させていただきました。

とても面白い内容で、たまたまこのページを見つけた事にすごく「得した」気分です。

「聖書の神は絶対王の性格を持っている」と書かれていた事で長年の疑問に納得できた事があります。それはクローン技術などの話題のたびに言われる「神へのぼうとく」(漢字変換不能)と言う概念です。これは日本人の感覚からはいまいちよく理解できない言葉ですが、「絶対王」としての神を考えれば言わんとする事がよくわかります。実際に神が天地を創造したとすればそれに比べてクローン技術など児戯に等しいと思いますが、いかに聖書を絶対とする人々がその点に過敏か思い知らされます。しかし、日本人までそれに付き合う必要はないと思いますけどね。

それと、これは私が今だ疑問に思っている事なのですが、もし良ければご意見をお聞かせください。アメリカ人(に限らないのですが、特にアメリカ人)は「神を信じる国民」である事を結構アピールしていると言うか、ウリにしているように感じますが、本当に彼らは神を信じてるのでしょうか?犯罪発生率の多さ、残虐犯罪のニュースなどからはさほど日本人に比べてモラルが良いとは思えません(公共的モラルは良いと言われますが…)また、聖書の言葉を信じるなら離婚経験者、富を蓄えるもの(中産〜上流階級)、なども「神を信じている」とは言えないのではありませんか。(大統領にしてから神に誓った法廷で虚偽証言をする始末)

ファンダメンタリストが増加しているという話もよく効きますが、それに反して神を信じているとは思えないような情報も多く聞かれます。このあたりは彼らの二面性のようなものでしょうか?

ではまた、いろいろなためになるお話を読ませてください。楽しみにしております。

草々                   進戸宏樹  

 


進戸宏樹さんへ

00年9月17日

(1)絶対王としての神とクローン技術

クローン技術などの話題のたびに言われる「神へのぼうとく」(漢字変換不能)と言う概念です。これは日本人の感覚からはいまいちよく理解できない言葉ですが、「絶対王」としての神を考えれば言わんとする事がよくわかります。・・・しかし、日本人までそれに付き合う必要はないと思いますけどね。

まったくそのとおりです。現在の日本の政府は実質的にはアメリカの傀儡政権であって、自民党の年寄り達はアメリカの機嫌を損なわなうのがこわいのでしょう。キリスト教的迷信に捕らわれていない日本は、クローン技術を研究発展させるのに有利な立場にあるのですから、失敗を恐れず、勇気をもって、クローン人間第一号に向かって努力してもらいたいですね。自分の子供を作るかどうか、自分のクローンを作るかどうかなどは、個人の基本的人権であって、宗教や国家がくちばしをはさむべきことではありません。子供は作ってもよいが、クローンはいけない、などという主張には、論理的・倫理的根拠はありません。自分の宗教的・道徳的信念を他人に押し付けることこそ非倫理的で野蛮な行為です。


(2)キリスト教国と犯罪

アメリカ人(に限らないのですが、特にアメリカ人)は「神を信じる国民」である事を結構アピールしていると言うか、ウリにしているように感じますが、本当に彼らは神を信じてるのでしょうか?犯罪発生率の多さ、残虐犯罪のニュースなどからはさほど日本人に比べてモラルが良いとは思えません・・・

アメリカ合衆国は先進国の中でももっとも「宗教的」な国家と言えるでしょう。世論調査では高い割合の人々が神を信じていると答えています。また、同時に、犯罪の多い国でもあります。ついでに言えば、アメリカ人以外にはまったく理解できかねることですが、自分たちこそが最も道徳的な国民であると自負しているのも、アメリカ人をおいて外にないでしょう(^^)。

犯罪の問題には簡単には答えられません。複雑な要素が絡み合っているからです。ただ、わたしの想像を言えば、アメリカに犯罪が多いこととキリスト教道徳とは無関係ではないと思っています。というのは、絶対王たる神の権威を基礎にした社会道徳(「悪いことをすれば神が罰する」)を築き上げれば、神への信仰が崩壊すれば、ただちに個人の心に道徳的無政府状態が生ずるからです。しかるに、神というのは、証明された事柄ではなく、あくまでも、個人の思い込みにしか過ぎないわけですから、個人的生活の中では、いかなる信仰者であろうとも、一度や二度ならず、信仰は崩壊するものです。そのため、個人の心の中に道徳的無政府状態が生じてしまうのです。


(3)アメリカ人は救われるか

もし聖書の次の言葉が真理であるとすると、ほとんどのアメリカ人は救われないことになります。

イエスは・・・言われた。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通るほうがまだ易しい。」(ルカによる福音書 18:24〜25)

 


no-muさんより
00年10月14日

クローンは危険

子供は作ってもよいが、クローンはいけない、などという主張には、論理的・倫理的根拠はありません。自分の宗教的・道徳的信念を他人に押し付けることこそ非倫理的で野蛮な行為です。 (佐倉、「進戸宏樹さんへ 00年9月17日」)

クローン技術を語る際に僕が最も危険だと思うのは、クローンとして創造された生命の人権についてまったく考えようとしないことです。クローンといってもれっきとした人間であり、当然喜怒哀楽を持つでしょうし、思春期になったり、人を好きになったりすることもあるでしょう。

クローンが量産される時代になったら、はたして僕らはその生命を、そしてその人生に対して責任を持つことができるのかということです。クローン自身、自分の生い立ちを不幸に思うことがあるかもしれないし、学校でいじめられたり、なんらかにつけ差別されたり、他人から白い目で見られるかもしれない。

もっと恐ろしいのは、クローンという理由でその生命の尊さを軽視されることがあるのではないかということ。狂った国で兵器開発のための人体実験用モルモットに使用されないとも限らない。

クローンの危険性は、神学的問題や宗教的な倫理観よりも、そういった社会的な問題にあると思うのですが。


no-muさんへ
00年10月31日

日本はクローン人間技術開発の先駆者となれ

クローン技術を語る際に僕が最も危険だと思うのは、クローンとして創造された生命の人権についてまったく考えようとしないことです。クローンといってもれっきとした人間であり・・・

「クローンといってもれっきとした人間」であるのは当然です。セックスで産み落とされた人間が「れっきとした人間」であるように。人間として何の違いもありません。ならば、クローン人間に反対する理由はどこにもありません。

女性であるというだけで差別する人もいるし、外国人だというだけで差別する人もいます。しかし、女性であること、外国人であること、クローンであることに、危険があるのではありません。危険は差別する側の人の心の中にあります。たとえば、クローン人間をセックス人間とは特別に違うものだというno-muさんの差別的考えこそが危険なのです。なぜなら、それは、黒人に生まれたら差別されるから黒人は生まれるべきではない、だから黒人の結婚は禁止しよう、というような考えと同類だからです。

差別する人間は、相手がクローン人間であろうがセックス人間であろうが、差別するでしょう。差別しない人間は、相手がクローン人間であろうがセックス人間であろうが、差別しないでしょう。

クローン技術に反対しているのは宗教者たちだけだと思います。その本当の理由は、社会的問題などではなく、クローン人間を作る技術によって人間が神の特権領域に不当に介入しているかのごとく感じるからだと思います。つまり、かれらのクローン技術反対の本当の目的は、「生命は神によってしか造れない」というかれらの宗教的ドグマの保守なのです。だからクローン技術反対の正体は宗教の押し付けなのです。宗教の押し付けだから、それは他の人々の自由を否定する行為なのです。

そういうわけで、クローン技術に反対することは、クローン人間を人間として認めない差別行為であり、その生きる権利を奪う人権蹂躙の行為であり、自らの宗教的信念を他者に押し付けて人間の自由を束縛しようとする不当な行為だ、とわたしは思っています。

わたしは、日本人が世界中に先駆けて、この宗教的タブーに果敢に挑戦し、人類のあたらしい自由選択の道を開拓することを願っています。先進欧米諸国はいまでもこの宗教的(キリスト教的)因習を引きずっていますが、日本のクリスチャンの人口は幸いにも1%前後にすぎません。このことは、日本が人類をこの宗教的因習から解放する歴史的役割を担っているとも考えられます。

 

 

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