からくり
AR Story by Louder
モニカは、寝返りを打ち、隣のベッドの時計をじっと見ている。午前3時、いったい何をやっているのかしら、と思う。遺工研(遺伝子工学研究所)の配転で新しい任務について以来、夫のジョンは地下室に閉じこもっている時間が多くなっていた。この地位につくことで、確かに以前よりも収入は多くなる。そのかわり、フロリダ州の中央部の、小さな田舎町への引越しが必要だった。町からちょっと離れた郊外に住み、近所といえる範囲に誰もいない、というこの環境は、それまでのクリーブランドでの生活と、完全に違うものだった。モニカにとっては、それは家族や友人達と別れることも意味したのだし、当然彼女は引越しに反対だった。
ところが、ジョンはと言えば、子供を育てるのに、フロリダの方が素晴らしい、それに、クリーブランドの冬を、僕は懐かしいとは思わないだろうな、とからめ手から責めてくるし、こども達にとっては、ディズニー・ワールドの近くに住む、ということだけで舞い上がってしまっていた。というわけで、家族の中の少数派として、モニカも気が進まないまま引越しに賛成せざるを得なかった。引越しにも良い面がないわけではなかった。ジョンの浮気の発覚以来、冷たくなってしまった夫婦関係が、新しい環境と雰囲気の中で変わるという希望があったからだ。ジョンの浮気の相手は、同じ職場の、親子ほど年の違う女の子だった。最初は彼の帰宅時間が、微妙にずれることが気になっただけなのだが、それを追求していくうちに、モニカは、とうとう、二人の密会の現場を捕まえてしまった。それからお定まりの離婚話、でも、たてまえ論に終始して、最後には「子供たちのために」忘れるという、ことにはなっていた。
ところが、困ったことに、ジョンとは、このごろますます疎遠になっている。彼は、毎晩地下室にこもる。仕事から帰ると、さっと食事をついばむだけで、もうお篭り。何をしているのか、と聞いてもろくに返事もない。「仕事さ」それだけ。はじめは、ネットで恋人でもできたのでは、と疑い、地下室に向かう電話線を切断することまでした。突然外界との接続を断たれて、慌てふためくジョンの姿を想像しながらね。ところが、驚き。何事もなかったように、こもり続け。数日してやっと、「何か事故があったのかな。ここ数日電話が通じないんだ。電話会社に連絡して、回線を見てもらっておいてくれよ」と言い出す始末で、モニカは、すっかり混乱してしまったのだ。何をやっているにせよ、そんなことずっと前に気が付いているはずなのに。こんなで、ララとスコット、子供たちの好奇心にまで火がついてしまった。なにしろ、ララは8つ、スコットは14で、何かがおかしい、と気がつくくらいの年にはなっていたのだから。
あーぁ。モニカは、また寝返りを打ち、毛布を絡み付けるようにする。この頃は、怒りなど通り越して、とみに無関心になってきている。もう目覚し時計がなる時間。その頃には、ジョンが戻ってきて、そっとベッドに潜り込むのを、モニカは知っていた。ただ、ベッドから起きだす、そのためだけにね。目覚ましの音とともに、起きだし、大急ぎで仕事に向かい、夕方帰ってきてからは、またあの不可解な行動をとるのだろう。週末なんか、まるで眠らない時もある。とは言っても、この時点では、正直言って、モニカにとっても、ベッドを独占できることは、望ましいことだったのだが、...。
そんなある日のことであった。
「モニカ!起きろよ。おい、起きろったら、モニカ!出来た、できたんだよ、あれが!」
揺すぶっている手を感じる、耳元で、起きろと叫ぶ男の声、モニカの見上げる目には、夫の姿らしき影が映る。手探りで枕もとを探り、やっとの事で、明かりのスイッチを見つけてひねる。モニカは、急に光に満たされた空間の中で、細く目を開けて見上げていった。
「ジョン、何なの?だいたい何よ、まだ4時じゃないの。何ですって、何を怒鳴ってるのよ」
「これさ。見てみろよ。俺の仕事だ。あ、...ずっと、徹夜してただろ!み、見てみろよ。...で、できた...」ジョンは息を弾ませていたし、興奮のあまり言葉が出ないほどだった。「こいつは、研究所で作っているのと同じなんだがね。ただ、俺のなんだ、ぜんぶ。...ほ、本当、苦労したんだぜ、ここまで来るには。」
「ここまで来るには、って?どこまでよ!ただの箱じゃないの、モニターとスイッチが付いているけれど...。それがどうしたの?」モニカの目には、夫のジョンがおかしくなった、としか思えなかった。もともと、確かに多少エキセントリックではあったけれどね。
「ただの箱だって?とんでもない!ほら、ここを見てご覧、スイッチが見えるだろう?こいつが、魔法の杖になるんだ。それに、これはプレゼントなんだよ。君にだよ、モニカ!こいつは、人間の細胞に直接作用する。真面目な話だ。君は好きな年まで若返る事ができるのさ。え?いくつに戻りたい、25?それとも、21?」
この、糞眠い時間帯に、何をたわごと並べているのだか。としか聞いていなかったモニカの耳が、ジョンの最後の言葉を捉えた。意味のある言葉として。
「21ですって!」それは、彼女が始めて、ジョンとセックスをした年齢だった。「でも、あなたにとって、21は育ちすぎだったわけね。19か、そう、18の娘とやりたかったんでしょう!...18ね、犯罪にもならないし、そのくせ、まだまだ無邪気そうに見えるわね。ロリコンとか娘みたいな愛人とか陰口を叩かれるかもしれないけど、あなた気にしないわよね。男なんて、みんな、そういうのが好きなんだから。どこがいいの?...服装かな?ミニスカート?ホットパンツ?タンクトップ?若さが溢れかえっているのよね?...それとも、肉体?そうよね。...締まった腰、細い肢、ピチピチの胸。」モニカの頭の中を、不条理な感情が荒れ狂っていた。言葉がとめようにも止まらない。ヒステリックな笑いも止まらない。
「そうよ、残念ながら、そういう若さは、もうわたしにはないわ。40ですものね。そんな『箱』がなんの役に立つって言うのよ。もしも、40の女房が気に入らなければ、自分で人生を変えればいいのよ!こんな所でウロウロしていないで、さっさとあなたの場所に戻ったら?お気に入りの地下室に。そうして、クリーブランドの『可愛いお友達』に電話すればいいのよ!いいもの、できたから、おいで、ってね。彼女だったら、喜んでやってきて、そいつを使って、喜ばせてくれるでしょうね。あ・な・た・を!あなたは自分の事だけなんだから。何でも。...出て行って。いま、出て行って。...出て行け、この、糞ッたれ!」
モニカが叫び終え泣き出したときにも、ジョンは黙って首を振ることしかできなかった。こんなはずではなかった。モニカがこんな事を言い出すなんて、想像もしていなかった。そっと、後ずさりをして、ドアまでたどり着く、ノブを探り当てて、刺激しないように、静かに開け、ジョンは廊下に出た。まだモニカのすすり泣いているのが聞こえる。その鳴き声が、ナイフで切りつけたような痛みを心に与える。「何でこうなるかな」声に出さずに呟き、慌ててドアを閉めて、その音を少しでも締め出そうとした。
つづく